INTERVIEW
in JAPAN
スポーツとごみ拾いを掛け合わせた「スポGOMI」は、2025年はワールドカップイヤーです。まちや海のごみを拾う行為を競技化し、スポーツとして楽しむことで、まちも海もきれいになるこの取り組みに、オリンピック選手である野中 生萌さんが前回大会に続いてアンバサダーに就任しています。自然を身近に競技をしてきたクライマーとしての実感と、未来を担う世代である一個人として、スポGOMIを通じてどんなことを啓発していきたいかなどをお聞きしました。
スポGOMIは、ごみ拾いにスポーツのエッセンスを取り入れることで、これまでの社会奉仕活動を「競技」へと変換させた日本発祥のまったく新しいスポーツです。2008年のスタート以来、国内外で大会や地域イベントが開催され、一般市民から企業、自治体、そしてオリンピアンまで幅広い方々に親しまれるほどに成長しています。 ごみ拾いを「楽しく」「真剣に」行える爽快感はスポーツだからこそ。そして、生活の延長線上にある環境への意識を高めることにもつながるという、まさに一石二鳥の取り組みなのです。 スポーツクライミングのオリンピアンである野中 生萌さんは、このスポGOMIにアンバサダーとして携わっておられます。インタビューをしたのはスポGOMIワールドカップの東京代表を決する東京STAGE当日。大変な暑さのなか、野中さんも来場し参加者にエールを送りました。
ー こんにちは。野中さんはワールドカップ2023年大会に続いてのアンバサダー就任です。決め手となったのはどんなことでしたか。
私はクライミングのプロアスリートとして競技活動をしていて、スポーツクライミングの競技だけではなく、自然の山にある岩を登ったりすることもあるんですよね。それで、そういう自然の環境に行ったときに私が必ずやることとしては、「ごみがあったら必ず拾う」ということ。 これは、プライベートで海 に 遊びに行ったりした場合にもそうなんで けど、小さい頃から必ず帰る前にごみを拾ってから帰る、ということをしてきました。
そういうこともあって、ふつうの生活のなかで行うごみを拾うという活動、 行動がすごく大事だなと個人的に心から思ってきたという背景があるんです。まさにこの、スポGOMIという活動は、もうピッタリだなと思って。お話を聞いたときに心からそう思ったのです。
加えてスポGOMIが魅力的であるポイントは、このごみ拾いという活動、行為 をスポーツとして定義していることで、 しかもそれを楽しんでやっているということに尽きますね。やっぱりスポーツとして「本気で真剣に向き合う」といった、そこがすごく魅力 的だなと思うところです。
(2025年7月26日開催の東京STAGE。入賞者へ賞状授与をする野中さん)
参加者が真剣に、そして楽しんで行うという、一人ひとりのその小さい行動が大きく世界を変えると思うので、それが叶う活動だと感じています。
ー ありがとうございます。スポGOMIはスポーツゆえに「競うことで、まちも海もきれいになる」もの。屈んだり歩いたりするので運動効果が実際にありますが、野中さんもご参加になった際はどうでしたでしょうか。
ホント一石二鳥というか。地球もきれいになっていくし、自分も磨かれていく感覚が得られます。多分あの、ごみを拾ったあとのすがすがしい気持ちはスポーツで汗を流す気持ちよさそのもので、ダブルのすがすがしさがあるんじゃないでしょうか。
スポGOMIアンバサダーを務めるようになって、改めてごみ問題や環境への意識をするようになりました。今年の5月に埼玉県新座にクライミングジム「Next Gen」をオープンしたのですが、そのときもやはり自分の施設をつくるうえで使用する素材にも、環境に配慮した素材や再生可能な素材を選ぶことを重視しました。それって自分が個人でごみ拾いをしていたからというよりは、スポGOMIとの関わりがあったからこそ、しっかり取り入れてがんばりたいと考えたんですよ。
このジムではごみ箱を設置しない方針なので、ごみが出ません。飲料の自動販売機も置かないことにしたのですが、自販機の隣って空き容器入れがセットでありますよね。そうすると「ここは捨てていい場所」的になっていくので、いっそ置かないことにしました。その代わり、浄水の給水機を設置したので、みんなマイボトルを持参して好きなだけおいしいお水を飲んでもらうようにしています。
ー 現役の競技者でありながら全額自己負担でジムをつくられたのは大きな話題となりました。どのような目標がおありだったのでしょうか。
まだ現役でバリバリ戦っているなかで、自分がこれまでクライミングに人生を賭けてきて、8歳のころからやっているわけです。自分にいろんなものを与えてくれたのがクライミングであり、ちゃんと恩返しをしたいという気持ちがあったのです。
実際、いまの日本のクライミング界にはすごく強いキッズたちも多いんですよ。日本は国自体がとても強いので、この良い流れを途切れさせたくない。いまはもちろん現役の競技者ですが、いつか未来を担う子どもたちを育てる立場にもなるでしょうから、そのときにこれまで感じてきた、私が思うクライミングの素晴らしさといったことなどを、しっかり引き継いでいけるようにしたいのです。そうしたきっかけとなる施設だったり、課題の提供だったり、機会がつくれるといいなとは考えていますね。
(すべて自己負担でオープンさせたクライミングジムは「覚悟のあらわれ」と語る)
ジムに世界最大級の壁をつくったのも、もちろんまず一番は自分の練習環境をしっかりとしたものとして整えたかったから。これは絶対外せないポイントでした。全額自己負担というのも、「もう決めたらやるしかないんだ」と、それだけです。やりたいっていう想い、私はそれだけ本気なんだということの現れでした。
ー 本気の覚悟、想いが詰まったジムに環境への配慮も尽くされたのですね。利用者からはどんな感想がありますか。
これまで自分が他のジムに行っても、残念なんですがやっぱりごみがすごく出てるんですよね。本意ではないのでしょうが、ごみを忘れて放置していったり、その辺に落ちていたりする。私のジムではこれは避けたいと思いましたし、誰かが変えないとその場に根付いた常識みたいになってしまうんです。
自販機がないので「マイボトルを持参してください」と声掛けはしていて、「このジムからプラスチックごみは出さない」というメッセージは伝わってきているかな、と感じます。
ですが、私が行動を起こすことで、「あ、ごみを出さないようにするんだ」といった想いを感じてくれる人が出てきます。そうすると「自分もごみを出さないようにしてみよう」というように知識として、情報として自分事にしていける人が増えていくと思うんですよ。それで、その人の意識がほんのちょっとでも変化していけば、小さいアクションがどんどんつながってやがて大きな変化になっていきます。これは時間がかかることだと思っていますが、とても意識していることのひとつです。
ー もしかしたらジムに通う方々も、そういったところに共感してやがてコミュニティになっていくのかもしれません。
それはひとつ、クライミングジムをつくる上で、また異なるベクトルのゴールにしていたんです。コミュニティっていざつくろうと思っても非常に難しいことだと思うのですが、ジムをそうした場にできればいいなと考えています。
カルチャーを「ここから」という、漠然としたイメージを持っているので、環境への意識を持った人が増えていったら理想ですよね。
クライミングに興味を持ってジムに来る方はもちろんですが、そうしたエコフレンドリーな場で運動したいという入口から入ってもいいわけで、結果としてクライミングに興味を持ってくれたら最高です。そうやって裾野が広がって、クライミングに関わる人が増えて、環境に配慮する人も増えて…、というふうに育っていったら本当にうれしいことです。
社会実験みたいな要素もあるのですが、最初のころは「え、自販機ないんですか」ということもよく聞かれましたね。動揺している利用者もいたりして、徐々に徐々に、マイボトルを持ってきてウォーターサーバーを使うようになって。今ではそういう人が結構増えていますよ。
(「このジムからプラスチックごみは出さない」というメッセージは伝わっている)
ー 野中さんがそのようなお考えになられた理由はあるのでしょうか。
やっぱり小さいころから自然と触れ合ってきたというのは大きいと思います。それこそクライミングを通して自然の山に行ったり、大好きな海に行ったりしてきて、自分の好きな場所が汚れていくこととか、ごみが溜まっていて海の水が汚いとかって、シンプルにすごくイヤですよね。
なので、「自然が汚されていくのが止められたらいいな」というシンプルな想いからですね。単純に考えて、海から生まれたのでもないごみがそこに浮いていたら、自然に還らないわけですからふつうに良くないことじゃないですか。
クライミングは特に、身体ひとつで自然そのものに触れ合っていくスポーツですし、自然があって成立するもの。山が汚染され続けたらいつかクライミングはできなくなりますし、海だってもちろん泳げなくなりますよね。結構、スポーツって自然と密接に関わっていると思うんですよ。ランニングにしてもコンクリートの道の下には土があって、これが汚染されて無くなって、地球が壊れていってはなにもできない。だからこそ自分たちが汚染する側にいてはいけないのです。
自分の体だってきちんとケアしてメンテナンスするように、地球だってケアをしなければ廃れていってしまうのですから。
ー「ケアをしないと廃れていく」。とてもわかりやすいですね。では最後に、スポGOMIの活動を通して伝えたいメッセージをお願いします。
皆さんの、一つひとつの小さなアクションが世界を大きく変えていきます。実際に変えるにはとても時間がかかりますけれど、この「小さいと思うことが実は大きなアクションなんだ」ということに気づいてほしいですし、しかも楽しんでやれたらいいですよね。
楽しいからできる。これは大事なことで、クライミングジム「Next Gen」でキッズスクールをやっているのですが、やっぱり子どもたちの吸収力はものすごいんですよ。だからこそ私の発言がとても影響するな、というのはいつも感じるところなのです。
ですから、もっと若い世代と関わるなかで、吸収力がスポンジのような子どもたちに、私の考えていること、ごみを出さないことや、地球環境を考えていこうという想いは、彼らにとってもプラスになることなので意識的に発信していこうと考えています。一方で、自分のそうした発言や行動には、より気をつけていくことも必要です。
あと、スポGOMIはもっともっと大きくなっていくべきとも思っていて。オリンピックの競技にならないですかね?今後スポーツや活動を通じて地球環境を変化させていくには、スポGOMIはそのくらい大きくなってほしい。しかも、そうなったら楽しそうじゃないですか。
(変化への鍵は、「思い立ったら行動」。強い瞳がとても印象的)
「小さなアクションが世界を変える。楽しみながら続けることが大切」と強い意志的な瞳で語る野中さんは、こう付け加えます。「本当に、思い立ったら行動だと思う」と。
スポーツと環境保護の融合が、未来をつくる。その中心にいるのが、野中 生萌さんなのです。
野中 生萌氏:オリンピアン(スポーツクライミング)
(略歴) 1997年5月21日生まれ東京都豊島区出身 東京五輪銀メダリスト 8歳のとき、登山が趣味の父親とともに山登りのトレーニングの一環としてクライミングジムに連れて行かれた ことで、クライミングと出会う。16歳で初めて日本代表入りし、 リードW杯に出場し世界戦デビュー。2016年にはボルダリングW杯ムンバイ大会で初優勝、また同年ミュンヘン大会でも優勝し世界ランキング2位を獲得。 2018年にボルダリングW杯で初のランキング年間女王となる。2019年には国内大会三冠を達成。2021年に東京五輪スポーツクライミング女子複合で銀メダルに輝き、スポーツクライミング史上初のメダリストとなる。 2024年にパリ五輪に2大会連続で出場を果たす。